まず、どうでも良いことから。

カテゴリの「考流。」が、いつのまにか100を越えてることに気付きました。
凄い。3桁だ。

さて、どうで良いことはさておいて。
タイトルの議題を。

そのままを受け入れる。
これって、簡単なようでいて、実は凄く難しいのかもしれません。


どういうことかと言いますと。

まず、自分の知り合いを想像してください。
誰でも構いません。同性でも、異性でも、年上でも年下でも同級生でも。

想像できましたか?
では、その人がこう言いました。


「私は、実は心がほんの少し足りないんだ」

どう思いますか?
危険人物に見えますか?怖いですか?
それとも、深刻に受け止めて、共通意識で問題を解決しようとしますか?

私は、どれも違うと思うのです。
私が考えるのは。
タイトル通り、「そのまま受け入れる」です。

私が上のようなことを言われたとしたら、こう応えます。


「そっか!うん。分かったよ」

この答えは偽善に見えてしまうかもしれません。でも、偽善に見えても構わないんです。
そう応えた私の応えよりも、それを伝えてくれた知り合いの心の方が、はるかに辛かっただろうと思うからです。
伝えてくれたからには、そのままを受け入れて、何も変わらないんだよ、ということを伝えたいんです。
私に伝えたと言うことは、「変わらないでね」と「黙っていたくない」を併せ持った心だと思うんです。

…長くなった。

つまり、ですね。
自分の心の動きよりも、相手の意志を尊重したいんです。
私だって、自分が告白する立場だとしたら。
相手が何も変わらず、いつも通りで居てくれることを願います。
信用している人なら尚更。

相手のそのままを受け入れると言うことは、凄く難しいようでいて、実は簡単なんですよ。

「こういう人なんだ」って知っていればいいだけ。
例え新たな事実が出てきても、「こういう人なんだ」なら、素直に受け入れることが出来ると思うんです。

今の人は、「普通」を求めすぎに思えます。
誰かが違うことをやれば、当たり前のように突き上げます。
そんな社会なら、消えて無くなってしまえばいい、なんて過激に考えることもあります。

こんなどうしようもないちっちゃい女でも考えられるんです。

きっと、これを読んでくれる人たちならもっともっと、真剣に素直に向き合えるはずです。

誰だって、どんな人だって。
等しく、生きて居るんですから。
2008.04.04 /
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